この落雷事件で今までの不幸な出来事は全て菅原道真の怨霊による祟りであると信じられ、朝廷はもう大パニック。
「菅原道真の怨霊は雷神となり、この日本に神罰を与えようとしているに違いない!!」
この落雷事件を境に「醍醐天皇(だいごてんのう)」は体調を崩し天皇の位をわずか8歳の皇太子「寛明親王(ひろあきらしんのう)」に譲り「朱雀天皇(すざくてんのう)」が即位します。(930年)そして譲位の1週間後、醍醐天皇はわずか46年の生涯に幕を閉じてしまいます。(930年)またその後、藤原時平の長男「藤原保忠(ふじわらのやすただ)」も物の怪に取り憑かれ、僧に祈祷をさせたが、そのお経の言葉の中に「宮毘羅大将(くびらたいしょう・仏教を守護する十二神将の一人)」とあったのを…「我を縊るぅ!?(くびる・首を絞めて殺すこと)」当時の貴族達、特に藤原氏がいかに菅原道真の怨霊を恐れていたかが分かります。
こうして菅原道真の予告通り、菅原道真の左遷に少しでも関係した者のほとんどが死亡してしまいます。
ただ、藤原時平の弟である「藤原忠平(ふじわらのただひら)」だけは大宰府での生活を余儀なくされていた菅原道真に対して励ましの手紙を送ったりしていたので菅原道真からは祟られていません。
藤原忠平はこの後、摂政・関白となって藤原北家を支えていきます。
そして菅原道真は「早良親王(さわらしんのう)の怨霊」と肩を並べる「最強の怨霊」として平安京の貴族達に恐れられます。
強力な怨霊を「御霊(ごりょう)」と言います。
有名な御霊には「早良親王(さわらしんのう)」「藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)」や井上内親王(いのえないしんのう)」と「他戸親王(おさべしんのう)」の親子、そして今回の「菅原道真」で、このほか何名もいます。

 

 

 

菅原道真公の怨霊