出雲国風土記が出来たのは、天平5(733年)です。当時の原本は残念ながら現存していませんが、150点余りの写本が現存し、様々な研究が
行われています。冒頭に記載されている、意字郡(おうのこおり)、現在の松江市南部~安来市の地名の由来を説明する為の登場する国引き神話
ヤツカミズオミズヌノ命が朝鮮半島や北陸などから余った土地を引っ張って島根半島を形成する壮大なストーリーです。
1300年も前に記された「出雲国風土記」の世界ですが、現代でもあちこちにその名残が見られます。安来郷にある娘をワニザメに殺された父親
の復讐の話は、安来市の伝統行事、月輪神事に形を変えて現在でも受け継がれています。島根半島の東側、島根町ににある洞窟状の景勝地、加賀の
潜戸は、サダノ大神が誕生した際、黄金矢で射貫いて出来たと記載さえています。
各地の説明の中には、玉造、海潮、出雲湯村と今も利用されている3カ所の温泉も登場します。当時から人々の癒やしの場であったのでしょう。

 

 

 

出雲国風土記の完成した時代