ついにアマテラスは、武力に訴えます。勇猛なタケミカヅチを使者としたのです。
タケミカヅチは、出雲の国の伊那佐の浜(出雲市大社町稲佐の浜)に来て「この国は、アマテラスの息子が統治知するが、どうだ?」と尋ねます。
この問いに、オオクニヌシは「私には、答えられない。息子のコトシロヌシが答えるが、御大の前(島根半島東端の美保関町)へ漁に出かけている」これを受けたタカミカヅチは「ならば直ぐに連れてこよう」と迎えを出しました。
コトシロヌシは、同じ問いに対して「分かりました。この国はアマテラスの御子に奉りましょう」と言うとその船を踏んで傾け、天の逆手を打ち、船を青葉の柴垣に変えてその中に隠れてしまいました。
























コトシロヌシをお祀りするのが、美保神社(松江市美保関町美保関)です。
コトシロヌシの別名は「えびす様」で全国各地のえびす社3.385社の総本山です。
もう一柱の祭神がミホツ姫です。神社の名称はこちらからきていると思われます。
コトシロヌシはオオクニヌシの子供ですが、母親はカムヤタテ姫とされています。
カムヤタテ姫=タギリ姫の説もあります。
ミホツ姫はタカミムスヒの娘で、国譲りの後にオオクニヌシの妻となっています。
コトシロヌシは国譲りの決断を下した人物です。
その人物が、父親の後妻と一緒に祀られています。
その訳は・・・?この神社も何となく謎めいています。

古事記には、柴垣に隠れた  コトシロヌシのその後は書かれていません。

















タケミカヅチとコトシロヌシ