ただもの、だんだん=ご挨拶
言葉の多様さは、そのまま文化(精神的な生活)の豊かさにつながっているものだと思いますが、その典型が日常でかわされる「あいさつ」ではないでしょうか。
極論かも知れませんが、地方での挨拶の細やかさは、その土地の言葉を共有している人々の心のゆとりを感じさせる一面があります。(
その反面、言葉が潤滑油の役割を果たさなくてはならない、複雑で多様な人間関係が存在しているから、挨拶が大切にされている、とも考えられます)たかが挨拶、
そんなものは表面的な儀礼にしか過ぎないものだ、という文化的な人たちも一方には存在するのですが…。

だだもの、だんだん。べったべった、おしぇわさんになりましてねぇ、

まあ、これが一般的な挨拶ともいえるもので、意訳すれば「いつも、お世話になり、ありがとうございます」といったところでしょうか。
親しい間柄であれば冒頭の「ただもの、だんだん」に簡略化されます。つまり「ただもの」は「平素から、いつもいつも」という意味があるのですが『お作法』シリーズ
(「燃えるオートバイの正しい消し方」)でご紹介した、あの燃えるバイクを見事に自分の息だけで吹き消した須藤君の友人で、お花の師匠でもある遠藤君は、
友人宅を訪ねて玄関を入るなり『ただものー』と、一声を発することで有名でした。勿論これは若者独特の衒いであって
、わざと大人たちの日常会話の一部分を強調して笑いの種にしていた訳です。そして、迎え入れた友人たちも「ただもの」と応えたことは言うまでもありません。

では「あ行」の言葉を幾つか取り出して、出雲の雰囲気を味わってみることにしましょう。会話の場所は中学校の同窓会の席です。
たまたま出席できなかったA君の近況について、かつての級友たちが話しています。

Aさんは、いま、どげしとられるぅ。今日も、きとられんが。

あのさんは、ちょっと、おぞいとこがあったがぁ。

そげだらか?仕事はえーすこにされーらしいと。

こなも、ほんに、おせになったのぉ、あげないけずごだったに。

なんとなくA君の姿が仄見えましたか?「おぞい」は「恐ろしい」からきたもので「怖い」、「おせ」は「大人」という意味です。
つまり「いけずご」(わんぱく)だったA君も「おせ」になり仕事も「えーすこ」(良い具合)にするようになった、という内容です。
また、ここで出てきた「どげ」「そげ」「あげ」という言葉は出雲弁の特徴を知る上で大切なもので、意味するところは「どんな、どのように」「そんな、その様な」といった意味があります。
そして、これらの言葉は「どげ」(どんな、どの様な)、「こげ」(こんな、この様な)といった形でも日常的に頻繁に使われ、
「そげそげ」と二重になった場合は「そうそう」「その通り」という肯定の意味にも変化します。従って、ある事柄について話している最中に、一人の人が話題について、

あげだらか?

と言ったのなら「そうなのだろうか」という問いかけになるわけで、之に対してもう一人が「あげだと」と相槌を打ったのは話しの内容を肯定したことになり
「あげあげ」と続けば、その話題の内容が正しかったことになる訳です。 また、これらの言葉は「あげん」「そげん」「こげん」「どげん」などと「ん」を語尾に付ける形に変化しますが、
それが、もう一歩進むと「あぎゃん」「そぎゃん」「こぎゃん」「どぎゃん」のように「げ」の音が「ぎゃ」にまで代わるのです。また、おのおのの言葉に「な」を付ければ「何々のような」
の意味が生まれ「か」を付けると疑問形、問いかけに変化します。余り説明が長くなると余計にこんがらがってしまう恐れがあれますので、以上の要点を表にまとめてみましょう。

基本 様子 ん変化 疑問 疑問丁寧 ぎゃ変化 肯定 説明
あげ あげな あげに あげん あげか あげかね あぎゃん あげあげ
こげ こげな こげに こげん こげか こげかね こぎゃん  こげこげ
そげ そげな そげに そげん そげか そげかね そぎゃん そげそげ
どげ どげな どげに どげん どげか どげかね どぎゃん

最初に出雲弁を「にゃあにゃあ弁」だと紹介しましたが、これは上の表でも分かっていただけるように、出雲地方で話される言葉の丁寧な言い方には、語尾に
「ね」を付けることが多いのです。これは、別に出雲に限ったことではないと思いますが、土地の人が「ね」あるいは「ねー」と言ったとき、よそ者の耳には、
それが「ねゃ」「にゃ」と聞えてしまうのです。だから、会話をしている者が、お互いに丁寧な言葉づかいで話せば話すほど、外部の者の耳には
「にゃーにゃー」という音が断続的に飛び込んでくる、という訳なのです。では、次回の講座をお楽しみに。

楽しい出雲弁。