国内で二例目となる「景初三年」名鏡の発見に、全国から熱い視線が注がれる事となりました。「景初」とは中国三国時代の魏の年号で、その「三年」
は邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送った西暦239年で。この時魏の皇帝より「親魏倭王」の称号と金印・銅鏡百枚を与えられたと、記録には残っており
その鏡の一枚では無いのかと考えられたからです。三角縁神獣鏡は、縁の断面形が三角で、背面に神獣の文様が配置されている鏡です。
日本各地の前期古墳から多く出土していますが、大和王権が各地の豪族に分け与えたとも考えられています。
もう一枚出土して「景初三年」銘鏡は、大阪の和泉黄金塚古墳から発見された、平縁の画文帯神獣鏡で、三角縁神獣鏡ではありませんし、
卑弥呼が授かった銅鏡が、三角縁神獣鏡なら中国本土でも出土していても良いのですが、一枚も発掘されていません。
その逆に国内では、500枚にも及ぶ発掘例があるのは何を意味しているのでしょうか?

 

 

 

 

卑弥呼の鏡が出土した?其の二