出雲大社 カテゴリの一覧表示

Page 3 of 1012345...Last »

境内摂社・末社に祀られた神とその物語 氏社

(本殿の西側に二社あります)摂社
西の十九社の横に南北二社並んでいます。北側には天照大御神の第二子であり、出雲国造(宮司)さんのご先祖である天穂日命(あめのほひのみこと)
と、南側には天穂日命の子孫で第17代目の宮向宿禰が祀られています。

 

 

 

 

 

 

境内摂社・末社に祀られた神とその物語

十九社(末社)

御本殿を中心に、東西に二社あります。
荒垣内で御本殿の東西に相対する社。神在祭の期間中、全国の神々はここに宿泊されます。東西とも十九の扉があり、滞在期間中の7日間は全ての
扉が開かれています。十九社の創建は寛文(1661~1672)と伝えられています。
それ以前は、三十八社の神屋であったと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社の注連縄は何故真中が太いのか?

注連縄は結界を表し、そこが神聖な場所である事、不浄なものの侵入を禁ずる印などを示しています。
出雲大社の注連縄は、一般の神社と異なり真中が太くなっています。
これは出雲系のの神々を祀る神社でも同様です。長野県の諏訪大社も同じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神楽殿

境内の西の門を出て、素鵞川(そががわ)を渡ったところにあります。神楽殿の大広間は二百七十帖もあり、神迎え祭もここで執り行われます。
普段は、結婚式やご祈祷が行われています。
社殿の前の大注連縄は、長さ13㍍・太さ8㍍・重さ4.5㌧で日本一です。
高さ47㍍の国旗掲揚塔もあります。掲げられる国旗の大きさは、畳七十五畳もあります。

 

 

 

 

御柱の模型

境内に展示してあります。御本殿の古代巨大柱の実物大模型です。図示されている発掘跡と共に、そのスケール感にに驚かされます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大柱の跡

古代出雲神話が実証された大発見
御本殿前、八足門の階段の下に大きな赤い円が描かれている場所があります。平成十二年、この場所から三本の杉の大木の柱を金具でつなぎ合わせた
直径三メートルの巨大な柱が発見され、こだいの壮大な御本殿の姿が明らかになりました。国造家に伝わっていた古文書通りの柱の配列でその大きさは
東大寺の大仏殿よりも大きかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青銅の神馬と神牛

銅の鳥居横の参道に「神馬」・「神牛」があります。1,667年防長二州の藩主、毛利綱廣公の寄進によるものだそうです。
京都の名工、名越弥七郎が制作しています。神馬は「かねうまさん」とも呼ばれ、子宝・安産の御利益があると伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

素鵞社(そがのやしろ)

出雲大社の御本殿裏側に、素鵞社という社があります。此方も是非お参りして下さい。御祭神は、大國主命の御先祖にあたるスサノオの命です。
後方には、神奈備山の八雲山がそびえ神々が降臨する場所とされている山です。素鵞社の後ろに岩盤がむき出しになっているところがありますので
手で触ってみて下さい。ものすごくパワーを感じる人がいると思います。この他に美保関神社の奥の岩肌や須佐神社の杉の大木などが有名なパワースポットです。
話を元に戻します。素鵞社は、肩こりや頭痛も治してくれ、社の角が変形しています。また、火事よけの神様としても地元では有名で、稲佐の浜から砂を持ってきて
社の下に撒き、少し別の土を持ち帰り自宅の基礎下に撒くと火事よけになると信じられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

手水舎

銅鳥居の前にある「手水舎」。此処で手と口をすすぎ心身を清めます。清らかな水は穢れを流すとされ、手水は禊ぎを略式化したものです。
①右手で柄杓に水を汲み、左手をすすぎます。
②左手に柄杓を持ち替え、右手をすすぎます。
③再び右手に柄杓を持ち替え、左の掌に水を受けて口の中をすすぎます。
④左の掌を清めるため再度左手をすすぎます。
その後、柄杓を洗い流す心配りもして下さい。
柄杓を直接口に持っていくのは、無礼な行為です。

 

 

 

 

 

 

銅鳥居(四の鳥居)

寛文6年(1666)、寛文の御造営に伴い毛利綱広より寄進されました。江戸時代中期の大規模な神社造営、整備の歴史の資料として価値の高いものです。
平成16年国の重要文化財に指定されました。

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社、基礎知識

参拝は、二拝四拍手一拝です。
出雲大社の参拝方法は、二拝四拍手一拝です。「拝」は頭を下げてお辞儀ををする事で、拍手は両手を打ち合わせることです。
四というのは、人や神の魂には4つの種類があって、「和魂(にぎたま)・荒魂(あらみたま)・奇魂(くしみたま)・幸魂(さきみたま)」
この4つの魂それぞれに柏手を打つのが四拍手の原型と言われています。格式の高い神社ほど、拍手の数が多いです。
境内や内外の摂社、末社も全て同じ参拝方法です。ただの観光で無く参拝を目的にしてお参りする場合は、きちんとした服装でお出かけ下さい。
神様に失礼の無い服装で(スリッパ・短パン・Tシャツ・Gパンなどはもってのほかです。)

 

 

 

 

八百万の神々が集う出雲の「神在月」

旧暦の十月十日(11月は)、全国から神々が出雲へお集まりになります。一般的には「神無月」と呼びますが、ここ出雲では「神在月」と呼んでいます。
国譲りの舞台となった稲佐の浜から上陸された神々は、様々な一年間のご縁について神議されます。一番古い文献は平安時代末の「奥義抄」の「十月(かみなつき)
天下諸々の神、出雲に行きて」という記述があるようです。室町時代には、「神在月」という言葉が辞書「下学集」に登場します。江戸時代中期には確実に
出雲大社の縁結び信仰が広まっていたようです。元禄時代の井原西鶴「世間胸算用」には「出雲は仲人の神」と書かれています。
人々は神々の邪魔にならない様に、静かに過ごします。この期間は「お忌みさん」と呼ばれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社の御神徳

出雲大社の御神徳は、「縁結び」と言われていますが、むしろ出会いと和合にあると思います。運命的な物ですが、結びの前に出会いが無ければ、何も生まれません。
そのパワーを沢山お持ちの神様が、大国主命です。沢山の姫神様との出会いがそれを物語っています。そして和合のパワーをもっと活かせる運と言えば、仕事運や
出世運だと思います。縁結びを御祈願するのも良いのですが、仕事運を良くしたり、人間関係をよくしたいと願う人には、是非出雲大社にお参りし大國主命の
御神徳を授かって下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社の始まり

大国主大神を祀る出雲大社の始まりは、「古事記」と「日本書紀」の国譲り神話にあります。国譲り神話とは天照大御神が、天津神を高天原から降臨させ
葦原中つ国の治権を譲るよう大国主大神に迫る神話ですが、大国主大神は国を譲る代わりに「天津神の御子の住む宮殿と同じくらい柱が太く、千木の高い宮」
を要求したそうです。その通りの大きな宮殿、出雲大社が造られ、阿国主大神はそこに祀られ、冥界の神となりました。現世の政治は天津神に譲り、大国主大神は
神や霊魂の世界を治めることになりました。この「見えない世界の神事」が「目には見えないが確かに存在する縁」も司る事につながり男女の縁を始め、あらゆる
「結び」をもたらす神になったのです。

 

 

 

 

 

 

大国主大神と出雲大社の始まり

全ては「国譲り神話」から始まりました。
大国主大神は天照大御神に国を譲り「見えない世界」の神事を司るようになりました。大国主大神と素戔嗚尊の娘で後に妻となった
須世理姫神。二神は困難を乗り越えて結ばれました。

 

 

 

 

 

 

結びの縁、授かる「大國主命」

大國主命大神は、オオナムジの命、ヤチホコの神、葦原醜男神、と言う別名をいくつも持ち道の神様です。
国土開拓、農耕、漁業、医療など、御神徳は幅広い神様です。また、多くの女神と結ばれ、沢山の子孫を残されました。
これにより、縁結びの神様として有名ですが、男女の結びだけでは無く幅広いご縁にご利益があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

旧暦の10月の神在月に、全国の八百万の神々をお迎えする浜

会議に参加される八百万の神様は、海から出雲大社にお越しになります。神迎えの祭事が行われます。
ご案内役は、背黒海蛇という龍蛇神です。この浜から続く「神迎えの道」をお通りになり出雲大社へと向かいます。
出雲大社の御本殿祀られている大国主大神が横(西)向いているのは、この浜の方角に顔を向けているからとも言われています。
出雲地方には、このように神々の物語の舞台が沢山あります。これから神々の舞台をご紹介していきます。

 

 

 

 

 

 

 

国引き神話

国引き神話で有名な八束水臣津野命は「出雲の国は細長い布切れのような国だなあ・・・
最初に国を小さく作りすぎてしまった。だから作り足して大きくしよう」と言われ、国引きを決心されました。
どこかに継ぎ足して縫い合わせられるような土地はないかと眺めてみると「朝鮮半島の新羅の岬に余った土地があるぞ」と見つけられ、
「国来い」と引き寄せて縫い合わせていかれました。
こうして出来た土地は島根半島の西端の杵築の岬の一帯です。
この土地をつなぎとめるために立てた杭は三瓶山です。
また引いた綱は長浜がそれですさらに、佐太の国、闇見の国、美保の岬を作られ、4回にわたる国引きを終えられました。
その後、人々は出雲の国の総鎮守として、国引きの神とその后神・御子神を長浜の妙見山に祭りました
それにちなんで、10月の上旬の日曜日に、直径8㎝、長さ30mのジャンボな綱引き大会が開催されます。

 

 

 

 

 

 

稲佐の浜

天照大神(アマテラスオオミカミ)より、国譲りの使命を受けた建御雷神(タケミカヅチ)が大国主神(オオクニヌシノカミ)と対面した場所です。
また旧暦の10月10日には、出雲大社に集まる全国の神々がこの浜から出雲へ上陸すると伝えられ、今なお神迎えの神事が行われる出雲のパワースポットの一つです。
冬は荒れ狂う日本海の厳しさが感じられ、夏の穏やかな表情とは異なり見応えを感じます。
稲佐の浜のシンボル弁天島。豊玉毘古野命(とよたまのひこのみこと)が祀られています。

 

 

 

 

 

 

 

 

出雲大社の神域を見る。

国譲りの浜

稲佐の浜は出雲大社のほぼ真西に位置し、大社から歩いて10分ほどに風光明媚なパワースポットがあります。
神話では、高天原から下った建御雷命と、出雲を支配していた大国主神が、砂に太刀を立て、国譲りの相談をしたといわれる浜で有名です。
国譲りの岩が残り、旧暦10月の神在月には、全国の神々がこの浜から出雲へ上陸するといわれるパワースポットです。
また旧暦10月10日には、出雲大社に集まる全国の神々がこの浜から出雲へ上陸すると伝えられ、今なお神迎えの神事が行われる出雲のパワースポットです。
同じ出雲のパワースポットでも、加賀潜戸(かがのくけど)のような閉じられた闇の空間とは異なり、開けて明るいですので、それだけパワーも強力かも。
ただし、冬は日本海の厳しさが迫る。この落差は、神々が持つ和やかさと荒々しさの両面性に通じ、それを実感する時、人は不思議と癒されます。
日本のなぎさ100選にも選ばれ、白砂、青松にして風光は極めて美しく、夏は海水浴客で大変に賑わいます。

 

 

 

 

 

Page 3 of 1012345...Last »
予約受付

防火基準適合マーク 当ホテルは防火基準適合表示要綱に基づく表示マークの交付を受けております。

交付日
 平29年8月1日
有効期間
 平成32年7月31日まで
公付機関
 出雲市消防本部

  • 住所
    〒693-0001
    島根県出雲市今市町864-5
    TEL 0853-23-1700
    FAX 0853-22-9620
  • チェックイン・アウト
    チェックイン時間  16:00より
    チェックアウト時間 10:00
  • 駐車場
    駐車場無料 大型車可