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猿田彦名命

 

 

 

 

 

 

 

 

天狗の原型とも言われる交通・交渉事の神様
天孫、瓊瓊杵尊が神々を引き連れて降臨する際、ホオズキのように光り輝く神がいました。そこで天照大御神は、アメノウズメの命に
何者であるか尋ねました。すると神は猿田彦名命と名乗り、瓊瓊杵の命一行を道案内するために地上世界・葦原中国から迎えに来たと
言いました。猿田彦名命の特徴はなんと言ってもその姿です。鼻の長さが七咫(約170センチ)、身長七尺(約210㎝)の異形の姿を
しており、一説には天狗の原型とも言われています。猿田彦名命は伊勢神宮がある五十鈴川の上流に居を構えていたとされ、倭姫命が
天照大御神を祀る地を探し諸国を巡った際には、猿田彦名命の子孫である大田命が五十鈴川の上流を道案内したとされています。

 

 

 

 

 

 

少彦名命

 

 

少彦名命は、一寸法師のモデルともいわれる小人の神様です。最初に世界に現れた造化三神に一柱、神産巣日神の子であり、生まれた際に
手指の間からこぼれ落ちたとされています。神産巣日神は生産の神様として知られています。「古事記」には、常世の国から天之羅摩船
に乗り、蛾の皮をまとった姿で光り輝きながらやって来たと書かれており手に乗るほど小さかったと言うことです。
大国主命の国造りを補佐し、出雲の開発と産業を発展させたそうです。大国主命が大黒様とされたことから、少名彦名は恵比寿様と
されています。医薬の神様、酒造りの神様、温泉の神様、経営、産業開発、航海安全など幅広い御神徳があり信仰されています。

 

 

 

 

 

建御雷神

 

葦原中国の平定に尽力し、地震を制御する神様。
建御雷神は、伊邪那岐命が火の神・迦具土神の首を切り落とした際、流れ出した血から生まれた剣の神様です。武道場では
神棚などに、中央に天照大御神、右に建御雷神、左に経津主神が祀られていることがおおい。建御雷神は、天孫、瓊瓊杵尊
が天降る前に地上世界、葦原中国の平定のために経津主神と共に降り立ち、諸国を平定しました。その名の通り、雷神と
考えられ、神話でも落雷を連想させる記述が見られます。建御雷神は、武の神・剣の神としてのみならず、地震を制御する
神様として信仰が篤い。古くは地震の原因は地下の大鯰が暴れるためだと考えられていましたが鯰を押さえる神様として
武の神様である建御雷神が選ばれたようです。建御雷神を祀る鹿島神宮には、大鯰を押さえつける要石があります。

 

 

 

 

 

 

 

宇迦之御魂神(田の神)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五穀豊穣をもたらす食べ物を司る神様。宇迦之御魂神の「宇迦」とは「食」の意味で、その稲の精霊「稲魂」が神格化した
神様です。「古事記」では、素戔嗚尊と神大市比売との間に生まれたとされています。「日本書紀」には伊邪那岐命と伊邪那美命
が国生みをした後に飢えを感じて、宇迦之御魂神を産んだともされています。また、女神と考えられています。
日本人にとって稲は特別な物で、天孫・瓊瓊杵尊が降臨する際に天照大御神から子々孫々まで大切にするように渡されたものです。
一般的に「お稲荷さん」として知られていますが、「稲荷」は元々「稲生る」が訛ったものとする説があります。
食べ物を司る神様は、宇迦之御魂大神以外にも伊勢神宮外宮に祀られている豊受大御神や保食神など多く見られますが、性格上
宇迦之御魂神と同一神として考えられています。

 

 

 

 

 

八幡神(最も多くまつられる神様)

八幡神は、十五代応神天皇(誉田別命)のことです。平安後期の歴史書「扶桑略記」では、欽明天皇の御代(六世紀)に
大分県宇佐に八幡神が現れ、「我は十五代の応神天皇であり、護国霊験威身神大自在王菩薩なり」と名乗ったと伝えられています。
歴史的に実在した最初の天皇とも言われています。百済から帰化人を受け入れたり、中国の産業や文芸を積極的に導入し、応神天皇
の治世によって日本文化の基礎が築かれたと言われています。全国にある神社数では稲荷社が最も多いですが、お祀りされている
御祭神の数では八幡神が最も多いとされています。

 

 

 

 

 

 

住吉神(海の神様)

住吉神は、黄泉の国から帰った伊邪那岐命が穢れを祓うために行った禊によって生まれた神様です。水底ですすぐと底筒男命
が、水中ですすぐと中筒男命が、水面でそそぐと表筒男命が生まれたとされています。住吉神はこの三神の総称です。
海の神様として海運関係者や漁業関係者、海産物業者から特に信仰を集めています。また、和歌によりご神託をもたらしたと
伝えられ、和歌の神様としての信仰も篤い。

 

 

 

 

 

 

菊理媛神(山の神)

 

 

 

 

 

 
石川県にある霊峰・白山を御神体とする白山比咩神社の御祭神として知られています。白山比咩大神、白山媛命といった
別名を持ち、全国の白山神社で祀られています。「日本書記」の一場面にのみ登場する神様です。その役割は決して小さい
物ではありません。伊邪那岐命が黄泉の国から逃げ帰る際に、追ってきた伊邪那美命と黄泉比良坂で言い争いします。
その時に現れたのが、道の番人である泉守道者と菊理媛神の二神でした。菊理媛神は、山の神に言葉を伝える巫女の
神格化とも伝えられています。

 

 

 

 

 

熊野神(山の神)

 

 

 

 

 

 

 

「蟻の熊野詣で」と言われた山岳信仰の聖地・熊野
熊野神は、ユネスコ世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成で資産である熊野本宮大社(家都美御子大神)
熊野速玉大社(熊野速玉大神)、熊野那智大社(熊野夫須美大神)に祀られています。熊野神はこれら三社で祀られている
三柱の神様と十二の神々の総称です。熊野権現とも呼ばれています。熊野神の使いである三本足の烏、八咫烏は、神武天皇が
東征の際に熊野で道の迷ったとき道案内をしました。「日本書記」には伊邪那美命が熊野の有馬村に葬られたと伝えられていて
古代より聖地として信仰されています。平安時代には浄土宗と習合し、家都美御子大神阿弥陀如来、熊野速玉大神は薬師如来
熊野夫須美大神は千手観音と考えられて、「蟻の熊野詣」と言われるほど信仰を集めていました。

 

 

 

 

 

 

日本に住まう神様

 

 

 

 

 

 

大山昨神(おおやまくいのかみ)

国土を切り開いて開発した「山王」と称される神様
山末之大主神という別名を持つ大山昨神は、最も有名な霊山の一つである比叡山の守護神として古くから信仰されてきました。
大山昨神は全国に有る日吉・日枝・松尾神社などに祀られており、「山王」と称される山の神です。山の神であるため眷属は
(神の使い)猿です。そのため大山昨神を祀る神社では狛犬の代わりに神猿像があります。最澄が比叡山に延暦寺を開く際、
大山昨神を守護神としたことから天台宗と習合しました。

 

 

 

 

 

大国主命

葦中原国を発展させた大国主命は、「大黒様」としても知られています。「古事記」「日本書紀」に於いても突出して記述が多い。
大国主命は出雲の地に降り立った素戔嗚尊の子孫として伝えられている神様で、出雲大社の御祭神として知られています。
十月の事を神無月と呼びますが、これは出雲大社の大国主命の元に、全国の神々が集い不在になることからです。
そのため出雲では、十月を神在月と呼んでいます。出雲国を発展させた偉大な神様です。大国主命は、大己貴命、八千矛神、大物主命などの多数の別名を持っています。これは大国主命の御神徳の高さの表れです。

神々が降り立った地 高千穂

日本の萌芽が生まれた天孫降臨の地・高千穂
高千穂の名が初めて登場するするのは、「古事記」における天孫降臨の場面です。いまだ治まらない地上世界・葦原中国を見た天照大御神は、自らの孫である瓊瓊杵尊に葦原中国を治めるよう命じました。瓊瓊杵尊は、三種の神器と稲穂を携え、様々な技能を持った神々を引き連れて高千穂に降り立ったと言われています。現在の宮崎県高千穂町です。高千穂町に鎮座する高千穂神社は、瓊瓊杵尊を始め、皇祖の神々を祀る高千穂十八郷八十八社の総本山です。高千穂峡にほど近く鎮座し、その創建は第十一代垂仁天皇の御代と伝えられています。
毎年十一月二十二日から二月中旬の間、重要無形文化財、高千穂の」夜神楽全三十三番が各集落事に一晩掛けて奉納されます。

日本武尊

日本武尊は景行天皇の第二皇子として生まれました。小碓命という名前でしたが、まだ青年の時に九州の熊襲健兄弟の討伐に向かわされます。
小碓命は女装して宴に忍び込み二人を討ち倒しました。死に際に小碓命の武勇を称え日本武尊の名を送ったと言われています。
日本武尊は東征の前に叔母の倭姫命のいる伊勢神宮を訪れます。倭姫命は三種の神器一つ、天叢雲剣と小袋を与えました。
後に天叢雲劍は草薙の剣と呼ばれ、熱田神宮の御神体として祀られています。

神武天皇

降臨した瓊瓊杵命は日向の統治に力を入れました。そして瓊瓊杵命の曾孫、つまり天照大御神から数えて六代目にあたる天武天皇は、葦原中国を平穏にするため、東を目指し大和を統治する必要あると考えました。大和国生駒でこの地を支配する長髄彦と戦いました。兄の五瀬命が流れ矢に当たって死にます。最後に「天照大御神の子孫であるのに太陽に向かって戦うことは天の意思に逆らう事だ。」と言い残し亡くなりました。
そこで一行は、紀伊半島を回って熊野から長髄彦と戦いに望みました。天照大御神が足が三本ある八咫烏を道案内に送り込んだそうです。
金色の鳶が神武天皇の弓矢に止まり、金色に輝く光を放ちました。長髄彦の兵は目がくらみ、戦いは神武天皇の勝利に終わりました。
東征を終えた神武天皇は、終着地である大和の畝傍山に葦原宮を造営し、初代天皇に即位しました。こうして現在まで一二五代続く皇室の歴史がはじまります。

瓊瓊杵命(ににぎのみこと)

地上世界の統治を任された天照大御神の孫
大国主命が国譲りに合意したため葦原中国の統治にいよいよ乗り出します。そこで白羽の矢が立ったのが、天照大御神の孫に当たる瓊瓊杵尊でした。
天照大御神は瓊瓊杵尊に対し、三つの神勅(命令)を与えました。「天壌無窮の神勅」すなわち永久に葦原中国を治めること、「奉鏡奉斉の神勅」すなわち八咫鏡を天照大御神として祀ること、「齋庭の稲穂の神勅」高天原の稲を地上にもたらし育てること、この三です。
こうして三種の神器と稲穂を授けられた瓊瓊杵尊は、神々を引き連れ猿田彦命の道案内により日向国に降り立ちました。天孫降臨の地として、宮崎県高千穂と霧島連峰の一山である高千穂峰に天孫降臨の伝承が残されています。

 

大国主命

 

 

 

 

 

 

 

 

葦中原国を発展させた大国主命は、「大黒様」としても知られています。「古事記」「日本書紀」に於いても突出して記述が多い。
大国主命は出雲の地に降り立った素戔嗚尊の子孫として伝えられている神様で、出雲大社の御祭神として知られています。
十月の事を神無月と呼びますが、これは出雲大社の大国主命の元に、全国の神々が集い不在になることからです。
そのため出雲では、十月を神在月と呼んでいます。出雲国を発展させた偉大な神様です。大国主命は、大己貴命、八千矛神、大物主命
などの多数の別名を持っています。これは大国主命の御神徳の高さの表れです。

 

 

 

 

 

 

 

天手力雄神と諸神

 

 

 

 

 

 

 

高天原の神々が集結した天照大御神の天岩戸隠れ

 

伊邪那岐命は三貴神を産んだ後、それぞれに高天原、夜の国、大海原の統治を命じました。しかし、須佐之男命は、母・伊邪那美命の
死を嘆くばかりだったため、高天原から追放されることとなりました。別れの挨拶に天照大御神の元を訪れた須佐之男命でしたが、
そのまま高天原に居座り、天照大御神の元で乱暴狼藉を働きました。これを見た天照大御神は、天岩戸に引きこもってしまいました。
すると世界は闇に包まれ、多くの災いが起きるようになりました。神々は天安河原に集まり対策を練ることとなりました。そして、
知恵の神・思金神の発案により儀式が行われる事となりました。

 

 

 

 

伊邪那岐命・伊邪那美命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天照大御神を初めとする数多くの神を産んだ親神であり、日本列島を産んだ神様として余りにも有名です。初めて結婚した夫婦神としても
知られています。高天原に最初に現れた天之御中主神は、大地を完成するように伊邪那岐命と伊邪那美命に命じました。そこで二神は、矛
を使ってオノゴロ島を作って降り立ち、世界で初めて「結婚」をしたと言われています。夫婦となった二神は、「日本列島」を作りました。
淡路島を皮切りに四国、隠岐と次々と島を作り出し、最後に本州を作りました。これらの島は全部で八つであったことから、大八島国と
言われています。更に小豆島など六島を作り国生みを終えました。

 

 

 

 

 

 

 

素戔嗚尊

 

 

 

 

 

 

 

出雲へ降りた大海原の神様。
あれた乱暴者として高天原を追放される一方、八俣大蛇退治、日本初の和歌の制作など、英雄・文人としても知られています。
乱暴者か、英雄か三貴子の末弟。素戔嗚尊の名の「すさ」は、「すさまじい」の意味であると言われています。
素戔嗚尊を祀る氷川神社は、埼玉県と東京都を中心に200社ほどあります。氷川の名は、八俣大蛇を退治した簸川から付けられています。

 

 

 

月読尊

「三貴子」は、イザナギノミコトが黄泉国から逃げ帰った後に、穢れを祓うために小さな入り江で禊ぎをした際に
生まれたとされています。左目を洗うと天照大御神が、右目を洗うと月読尊が、最後に鼻を洗うと素戔嗚尊が生まれました。
イザナギノミコトは、天照大御神に高天原を、月読尊に夜の国を、素戔嗚尊に大海原を統治するよう命じます。
この三神は特に尊い神として、三貴子と呼ばれています。

 

 

 

 

天照大御神、日本の総氏神

 

 

 

 

 

 

高天原と呼ばれる天上世界を統治する最高神。皇室の祖先神としてのみならず、すべての日本人の総氏神様としても
尊敬されています。日本で最も尊い神様・天照大御神は、その名の通り万物を照す神様であり、太陽の化身ともされる
事もあります。全国にある神社は天照大御神を祀る伊勢神宮を本宗として仰いでおり、また伊勢神宮の御札・神宮大麻
は、神棚の中央あるいは一番前に祀られて事からも特別な存在である事からも分かります。
天照大御神にまつわる有名な話は、天岩戸神話です。
天照大御神を祀る伊勢神宮では、20年に一度、式年遷宮と呼ばれる造替事業が行われます。内宮・外宮の御正宮
を始め、六十棟に及ぶ神殿を新たに造り、神様をお遷しします。

 

 

 

 

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